家庭教師ヴォックス 家庭教師VOX

家庭教師ヴォックスは過去21年間、愛知県、岐阜県、三重県、静岡県の東海4県で家庭教師という仕事を通してたくさんのお子さんに出会い、接して、卒業させてきました。

家庭教師のVOX(学力より優しさが大事?)

こんばんわ!

暑い日が続きますね(-"-)

家庭教師のVOX、前田成斗(ナルト)が書かせてもらいます。

 

先日、読売新聞に保護者意識調査の結果が出ていました。

2014年05月09日 読売新聞
「学力」より「優しさ」が大事
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20140509-OYT8T50038.html

この調査は、マナーに関する意識を調べる目的で5都県の小5~中3生とその保護者を対象に実施したものだそうです。

この記事のうち、意識調査の数値結果を紹介します。

2014年05月09日 読売新聞
「学力」より「優しさ」が大事
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保護者に「育てたい子ども像」について九つの類型を示して尋ねたところ、「とてもあてはまる」とした回答の割合が最も高かったのは、

「心が優しい」で83%。

「社会のルールを守る」が82・4%で続き、
「勉強ができる」は22・4%に過ぎなかった。

ところが、中学生に「なりたい人物像」を同じ類型で尋ねると、

「勉強ができる」を「とてもあてはまる」とした割合が最も高く、68・8%。

次が「社会のルールを守る」で63・4%だった。


「マナーを学ぶべき場」を尋ねた設問では、保護者の9割が「家庭」を選んだ。

一方、中学生に「マナーをよく教わる場」を聞くと、「家庭」(44・6%)と「学校」(42・9%)が拮抗きっこう。具体例として「道徳の授業」のほか「部活」を挙げた生徒が多かった。
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どうですか? 調査結果は親のあなたの感覚と合致するものになっているでしょうか。

この数値に対する香川大教育学部の加野芳正教授の分析は記事を読んでくださいね。

家庭教師のVOXでずっと働いてるナルトの感想を述べます。

「勉強ができる」と「社会のルールを守る」は大部分のところで重なり合います。つまり、ルールを守る意識があるから勉強もできるようになる。

逆に言えば勉強ができるようになりたい場合はルールは守らなくちゃならない。これが成立するのではないでしょうか。

ルールは守らないけれど勉強ができる・・・なんてことは、確かにあるけれど、特に学年が上がれば上がるほど少なくなっていきます。淘汰されるんですよね、ルールを守らない子供は。

また、この新聞記事では一番最初に見出しとして「学力より、人間力?。」としたうえで
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小中学生と保護者を対象に香川大教育学部の加野芳正教授が行った意識調査で、親は子どもの将来像について「勉強ができる」ことより、心の優しさや規範意識を重視していることがわかった。
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とあります。これはおそらくこの記事を書いた記者の見解と思われますが、どうしてこうやって「勉強ができる」と「心の優しさや規範意識」は対立していると考えるのでしょうかね?

実際にそう思っているのか? そう書くほうが読者を引きつける? 「学力より、人間力?。」と書くほうが高尚に見えるから?

さっぱりわからんです。

すでに書いたように「勉強ができる」と「規範意識を重視」は実に相性がいいものですし、また「心が優し」くて「勉強ができる」子供をたくさん知っています。それは十分両立できる。

というか、それを目指すべきでしょう。「成績は悪くても心が優しい」では希望する大学にも行けないし、希望する就職もできないですよ、実際のところ。

そして「心が優しい」を勉強をする過程で学ぶことは十分可能ですし、勉強を頑張っていくなかで「心が優しい」という意味を知る題材はそこら中に転がっています。別々に考えないことです。

このブログでは「成績がイイ子」という言い方を使っていますが、これは「勉強ができ」て「心が優しい」子供のことですからね。

ハイ、ちゃんと両立できますから、皆さんが翻弄されないことを祈りますし、ぜひ両方を目指していきましょう。両立を目指さないと「勉強だけできる」じゃあ、先で困るんですから。

実際、順番にもいろいろあって「勉強ができる」ようになったことで「心が優し」くなった子供も山ほど知っています。

たとえば、子供は他人よりなにかがよりうまくできるようになるとつい自慢します。鼻高々になったりもする。それが進めば傲慢に、そして嫌われます。

途中で気づけばいいんですが、気づかなければ、他の子どもに「お前こんなのもできないのかよ!」なんて言ったりもするでしょう。

でも、そういうことを言う子供は、すぐにそのあと「こんな問題ができなくなる」んです。不思議なんですが、本当にそうなんです。

それはたぶん一言でいえば「舐めている」からだと思います。ちょっとできることを「すごくできる」と勘違いしているだけなんですよね。

クラスの中ではすごくできるかもしれないけれど、学校ではどうか? 塾ではどうか? 県内ではどうか? 全国ではどうか? そういう視点は全然ないんですよね、子供は。

だから親が教えるんでしょう。「お前さあ、これくらいでできるなんて思ってたらウンコだぜ」そう親が言うわけでしょう。

言わない親もいますよ。そういう子供は1つ外の世界に出たら、やられるわけですよね、あっさり。コテンパンに。

ただ外に出なかっただけだから。

小学生の時、校内のソフトボール投げで50メートルくらい投げたら、すげぇー!となった。で、市の大会に出たら70メートル投げたのがいた。ガックリ・・・そういうもんでしょう。

校内の成績で人をバカにしてたら、1つ外に出たら今度は自分がバカにされるんです。県の大会に出たら、全国の大会に出たら、もっとひどい目に合うでしょう。

初めは自慢して、鼻高々になって・・・ここまでは誰でも経験します。この先、傲慢になって嫌われて・・・この過程へ進むのは親も周りの大人も教えてくれなかった子供だけです。

だって1つ外の世界に出たらわかるもの。全国模試を受けたら自分の自慢がどういうものだったかすぐわかっちゃう。

その体験や経験が「人を優しく」するわけでしょう。

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己の欲せざる所は、人に施すなかれ
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を実生活で知ることになるわけです。

また、先に書いた「舐めている」というのは裏返せば「謙虚でない」ってことです。謙虚でなければ、まず人の言うことが聞けなくなる。

勉強って、まずは人の言うことを聞く、教えてもらうことで成り立っているわけですから、それができないでどうして勉強ができるようになるか。ならないですよね。

もちろん勉強は教えてもらって、そのあとでどう処理するかも関係してくるけれど、教えてもらう部分が壊れたら自力では・・・そう、高校生くらいになると、まったく処理できなくなる。

人の言うことが聞けなくなると、人には優しくなんてできない・・・じゃないでしょうか。


だからね、これらは
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「心が優しい」
「社会のルールを守る」
「勉強ができる」
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おおむねセットなんです。別々のものじゃなくて、セットで考えていくべきだし、セットで考えられた人がずっと「成績がイイ子」で進んでいける。

勉強面において、小学生で脱落する子供、中学生で脱落する子ど、高校生で、大学生で脱託する子供がいると思いますが、この3つが学年が上がるほどより精度よくセットで上がっていかなければ、成績は維持できない。

だから、この3つはバランスよく追い求めていくべきものですよね。3つのうち、「勉強だけできる」という子供もなかにはいるけど、そういう子供は大学か社会に出て脱落しますから。

この3つは「勉強ができる」上においては実に相性が良い者同士ですから、どうか3つセットで、あとは各家庭の加減でバランスよく追い求めていってほしいと思います。

受験勉強っていうのは、よく他人を蹴落とす競争だって言われるけれど、実は自分との闘いですからね。他人に蹴って落とされるんじゃなくて、自分で勝手に脱落していくものです。

すべての結果は自分との闘いの結果。だからこそ、一度くらい受験に敗れても復活できるし、浮かれた者は次に脱落する。他人は関係ないんです。

家庭教師のVOXでは愛知、岐阜、三重で18年以上家庭教師を派遣してるグループです。

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